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Channel: 小説置き場〜雪うさぎが残した足跡〜
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明日をつなげ 11

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「なに…これ…」


 一瞬にして変わる目の前の景色。

そこに広がるのは真っ赤な炎。轟々とこの世のすべてを焼き払うような炎がショッピングモールを飲み込んでいた。


「こんなの、私達に食い止められるの…?」


出口からはパニック状態の人々が溢れ出し、周りには窓ガラスの破片が飛び散る。

いたる窓からどす黒い煙と炎が渦巻き姿を大きく、禍々しく変えていく。

飛鳥の小さな声は、凄惨な現場にかき消されていった。


皆が、絶望していた。


「わからないけど、この状況じゃ消防の救助隊の人達だって難しい。

私達が、やるしかない」


「そうだね、それしかない」


この状況を打開は難しくとも被害を最小限に抑えることができるのは、私達だけだ。

竦んだ身体にムチを打つ。


「中に取り残された人達の救助を優先的に

くれぐれも無理だけはしないでね」


「わかった」


目配せをして人の波に逆らいショッピングモールに入ると、そこには外よりも酷い光景が広がっていた。

パニック状態の人は生き延びるため我先にと人を押し退け、怒声が飛ぶ。叫び声の中に泣き声が混じる。

目隠しをしている状態でも感じる人間の黒い感情、欲が頭をズンと打つ。

でも、こんなところで負けてはいられない。

深呼吸を1つして、焦りを感じている私含め4人に落ち着かせるように、指示を。


「私とまいやんは退路の確認と歩ける人の誘導するから、なぁちゃんは閉じ込められてる人の救助を。飛鳥はその援助を」


「了解!」














「あのエレベーターの中に人…」


目を閉じ深呼吸を1つ。視覚だけに意識を集中させ目を開くと見える景色。青く、距離感が掴みにくい代わりに立体感は強く見える。

たくさんの人の中、身動きが取れていない人はすぐに見つかった。


「なぁちゃん飛べる?」


「え…う、うん…でも中の状況が…」


…そうだよね。

わからない状態で飛ぶのは危険。私の見える景色がなぁちゃんにそのまま伝わるわけじゃない。


「扉こじ開ける…?」


「階と階の間で止まってるから開けても助けられない…」


2つあるエレベーター、共に止まっていたのは階と階の中間。

エレベーターの上に降りれば天井から救助できるかもしれないけど、エレベーターの上が安全かどうかはわからない。


「電気さえエレベーターに通じれば…」


なぁちゃんがエレベーターの扉に触れれば、青く光を帯びる細い手。

情報を読み取った手が、固く握りしめられた。


…ん?

電気さえ通じればいいってことは…


「まいやんどうにか出来ないかな?」


「でも、メイン電気系統そのものが熱でやられてるっぽいで?直すか、コードから無理やり電気でも通して…いや、

できる、な。まいやんなら」


そういうの得意そうやもんな。なんてニヤリと笑うなぁちゃん。

私も笑い返して、思いっきり叫んだ。


「奈々未ー!」



















「わかった。制御室に行けばいいんだね」


「気をつけてね、そっちにも火が回り始めてる」


「了解!」


突然頭の中で響くように聞こえてきたななみんの声。それがななみんの能力だとはすぐにわかった。

慣れないけど、面白い。何よりもななみんが過去を吹っ切れたことが嬉しくて。


誘導を一時中断して制御室へと走る。

バックヤードへと繋がる扉は従業員が逃げるためか開けられていてすんなりと入ることができた。


思ったより広がってる…。


火元や火の広がり方の正確な状況はまだわかっていない。目視でざっと燃えているエリアは把握しているものの、あくまで予想、だ。


バンッ!!


チリチリと燃える音に囲まれながら制御室を探し走っていると、爆発音と共に押し潰されるような衝撃が走った。

鉄扉をその熱い勢いに吹き飛ばされるように壁へと打ち付けられる。


「いっ!!…あっ…ぶない」


咄嗟に爆発で飛んできた鉄扉を電気を使い操る。

壁のように目の前に移動させた扉はいくらか爆風を防いでくれたが、それでも思わず息が詰まるほどの熱気と背中に伝わる衝撃は大きい。


気をつけて進まなきゃ…。


1つ隣の部屋から溢れ出す炎に身体が強ばった。でもここでびびってなんていられない。

スカートを叩き立ち上がる。


「…これ、使えるかも」






頑丈な扉は盾として使うには最適で、炎の勢いや熱さ、爆風を和らいでくれる。

能力でひょいと動かし、瓦礫やらで足場の悪い廊下を進むとやっと制御室らしき場所にたどり着いた。

しかし制御室、そこにあるのはもちろん


「うげっ、機械…」


難しいんだよなぁ…。機械は苦手だし。

ここにも電気は来ていないのか、置いてあるたくさんのモニターは何も映していない。

適当にボタンを押してみても何もわからなくて、こうなった時どうすればいいのかもわからなかった。

ななみんに聞く?いや、そんなに何回も慣れない能力を使ってもらうのは気が引ける…ならば自分で

強引にでも


「荒技だけど…

私には合ってる」


電力システムの大部分を担っているであろう機械へと手を伸ばし、思いっきり電気を放出させる。

バチッ!!と目の前に火花が散って、慌てて強さを抑えた。


「やば、やりすぎた…抑えて、抑えて…」


一定の電流を流し続けるのには、かなりの集中力と体力が必要だった。一定の強さの保持と、長時間の能力使用のための体力。

じわりじわりと熱さが背後から迫る。人の命と自分の命の天秤。焦り、恐怖。

すべてが私を削っていくのがわかる。


あと少し、ななみんからの連絡が来るまで…耐えなきゃ。


歯を食いしばり、手の感覚に集中した。
















「中に5人乗ってる。いや、ベビーカーの人もいるから…赤ちゃん合わせて6人?」


「ななが着地できる隙間ある?」


「1人ぐらいなら…窓側に少しだけスペースある。でも、なな…」


未だエレベーターは動かない。まだまいやんが到達していないのか、それとももう電力回復出来ないほど悲惨な状況なのかはわからない。

そんな中私達に出来ることは誘導とできる限りの救出なのだけれど。


「大丈夫。任せといて」


ななが行く。

そう力強く言うなぁちゃんのその目からは固い決心が見えて。

私はその目をこれまで何度も見てきた。

何度も助けられて、何度も信頼してきた目。今回だって信じられる。

だけど、今だけは信頼よりも心配の方が上回って。大丈夫だと頭ではわかっていても、もし失敗したら…と考えてしまう。


「無理、してない?」


「こんな状況を無理せず打開することなんてできないやろ」


大丈夫、大丈夫。

独り言のように言ったその言葉は私に向けた言葉のようにも思えたし、自分に向けた言葉のようにも思えた。

なぁちゃんが1番緊張している。

なら、私がやるべきこと、私ができることは心配することじゃない。


きゅっと握りしめられたなぁちゃんの拳に触れた。

その冷たさが、小さく震える拳が、なぁちゃんが背負う大きな不安とプレッシャーを教えてくれる。

直接的な手助けの出来ない自分へのもどかしさを荒々しくぶつけてしまわぬように、柔らかく包み込んだ。

気づいたなぁちゃんがふっと笑った気がして、軽く握り返してくれる。


「よし、大丈夫」


さっきよりも力の抜けた声。

こういう時のなぁちゃんの強さは奈々未が教えてくれた。私だってよく知っている。

もう、大丈夫だ。


そっと手を離して、邪魔をしないように一歩下がった。


力の抜けた手を1度強く握りしめ、ほっぺたに伝う汗を拭ったなぁちゃんは強くエレベーターを見つめる。


羽が舞い落ちるように睫毛が伏せられ、

パッと姿を消す。


それはマジックのようで、今にも白い鳩が現れそうな。

鮮やかな一瞬。


「上手く、いってる…」


能力を使ってみれば、その狭い隙間に上手くテレポートできたなぁちゃんの姿が重たい扉の向こう、しっかりと見えた。

そして次の瞬間、たくさんの人が目の前に。


「ゆっくり走らずにこのまままっすぐ出口へと向かってください!」


突然の出来事に戸惑う人々を即座に促すなぁちゃん。全員が出口へと向かい始めたのを見守ってから、大きく息を吐き出した。


「できた…」


緊張が溶けたのか、ふにゃりと微笑んだなぁちゃんと目が合う。

もうそこにさっきまでの鋭さはなく、いつもの柔らかいなぁちゃんに戻っていて。

惹かれるものが確かにそこにあった。


「…奈々未の言ってた通り」


「ん?」


「ううん、ななはすごいなってこと。残りのエレベーターも確認に行こう」


戸惑った様子のなぁちゃん。だけどもうそこにさっきまでの不安げな顔はない。

その手を引けば、そっと握り返してくれた。













「はぁ…はぁ…」


頭がぐちゃぐちゃに掻き回されるような。

不快感と、苛立ちに似たような感情が押し寄せる。それらを吐き出すように息を吐いても、消えるばかりかもっと膨らんでいく。


ダメだ、ダメだ。

このままじゃ…いつも、みたいに…っ。


伸ばした手から放たれる電気が、時折危なっかしく火花を散らす。

それはもう限界が近いことをを示していて。


もう全体に電気が回り始めてる頃だとは思うんだけど…。少しでも私が繋いでおかなきゃ。


そうは思うのに、身体がついていかない。

自分の身体を、コントロールできない。


抗うことのできない“何か”によって自分が蝕まれていく感覚。

その恐怖に、溺れていった。












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